【小ネタ】中村俊輔、元横浜FM天野貴史氏に送った言葉「試合数は関係ない。10年間在籍したことが凄い」

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天野貴史と中村俊輔.jpg

【元プロサッカー選手の転身録】天野貴史(元横浜FMほか)前編:仲間から愛された男の引退秘話
 世界屈指の人気スポーツであるサッカーでプロまでたどり着く人間はほんのひと握り。その弱肉強食の世界で誰もが羨む成功を手にする者もいれば、早々とスパイクを脱ぐ者もいる。サッカーに人生をかけ、懸命に戦い続けた彼らは引退後に何を思うのか。「Football ZONE web」では元プロサッカー選手たちに焦点を当て、その第2の人生を追った。
 
 今回の「転身録」はかつて横浜F・マリノスなどに所属した天野貴史。横浜の下部組織時代は年代別代表にも選ばれ、トップチームでは中村俊輔(現・横浜FC)や松田直樹、中澤佑二ら日本代表選手たちともプレーした。その後、ジェフユナイテッド千葉、AC長野パルセイロを経て2017年のプレーを最後に引退を決意。その後はピッチから離れ、自動車業界の営業職という道を選択した。チームメートやファンから愛された、かつてのムードメーカーは今、日本一の営業担当を目指している。前編では現役生活への思いをお届けする。(取材・文=藤井雅彦)

   ◇   ◇   ◇

 2018年3月、ひとりのJリーガーが静かにスパイクを脱いだ。男の名前は天野貴史。身長163cmの小兵サイドバックだ。

 横浜FMの育成組織出身として2005年にトップチーム昇格を果たすと、トリコロールの一員として計10年間プレーした。2014年に期限付き移籍で在籍したジェフユナイテッド千葉で1年間、そしてJ3のAC長野パルセイロで2年間の、合わせて13年間を全力で駆け抜けた。

 引退が大々的に語られなかったのは、数字だけを切り取ると目立った実績を残したとは言い難いからだろう。Jリーグ通算89試合(うちJ1は45試合)という個人記録には意味と価値があるとはいえ、同じ世界で上には上がいるのも事実。日本代表や五輪代表という肩書きを持った経験もない。

それでも“アマ”の愛称でチームメート、スタッフ、そして関係者の全員に愛された天野は、チームのムードメーカーとして欠かせない役割を果たしてきた。沈んだ空気を蘇らせ、暗く落ち込んだチームを明るく照らすのは、いつも天野の役目だった。

 いじられキャラクターとしてのエピソードには事欠かない。トレーニングを終えて駐車場に向かうと、愛車には毎日のように異変が起きていた。誕生日プレゼントが入った紙袋がサイドミラーにかけられ、屋根の上に飾られていたことも。手荒い祝福は先輩たちから受け取った愛情だ。

 現役引退を決意した直後、天野は胸を張って言い切った。

「全力でやり切りました。悔いは一切ありません。僕がプロとして13年間プレーできるなんて誰も想像していなかったはず。これは奇跡だと思うんです」

中村俊輔からかけられた言葉「最高に嬉しくて涙が出そうに」
 その理由は、ユースからトップチームに昇格した時期やチーム事情によるところが大きい。

 プロ入りした2005年といえば、横浜FMがJリーグを2連覇した直後である。主力に名を連ねる選手は松田、奥大介、久保竜彦、中澤ら日本を代表する面々で、助っ人外国人も含めてリーグ屈指のレベルと層の厚さを誇った。

 トレーニングについていくのがやっとだった。所属選手が30人いたら、30番目からのスタートだったことは自覚している。

「奇跡を奇跡で終わらせないために、毎日を全力で生きました。レベルの高い練習に必死になって食らいついて、練習で1本でもいいクロスからアシストできたら飛び上がるくらい嬉しかった。先輩に『アマ、ナイスボール!』と言われるのが気持ち良くて、それが次の日のモチベーションになりました。ピッチ外では実力のない自分のことをたくさんイジってくれました。そのおかげでマリノスの選手として10年間プレーできた。だって10年間でリーグ戦出場45試合ですよ?(苦笑)

 こんなに在籍できたことが反対に凄いことかもしれない。退団することが決まった時に、尊敬するシュンさん(中村俊輔)が『試合数は関係ない。10年間在籍したことが凄い』と言ってくれたんです。最高に嬉しくて、涙が出そうになりました」

 記録よりも記憶に残る選手――。天野にはそんな言葉がぴったり当てはまる。

 2015シーズンいっぱいで横浜FMを契約満了となった天野は、J3の長野に新天地を求めた。J1の名門クラブに10年間在籍した実績はチームメートと一線を画していた。期待値は高く、重要な戦力として見込まれての加入だった。

 しかし2年間の在籍中に、J2昇格を果たすことはできなかった。すると模範となる人間性や明るいキャラクターがどれだけ重宝されていても、チームトップクラスの高額年俸が足枷となってしまう。チームとして結果を出せなければ、自身の立場が危うくなることは百も承知。こうして長野に別れを告げ、新たなチーム探しが始まった。

 年を越しても所属チームが決まらない状況に、焦りが募る。苦しかった当時を回想する表情に、サッカー選手への未練がほんの少しだけ見え隠れしたのは気のせいだろうか。

「J3やJFLのチームで、条件を気にしなければ所属先があったかもしれません。ただ先の将来を考えた時に、その選択は難しかった。奥さんは『やりたいことをやってほしい』と言ってくれました。でも自分の中には葛藤があって、それから現役へのこだわりと並行して“引退”の二文字をリアルに考え始めました」

天野貴史サラリーマン.jpg

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